備忘録 

 過去を悲観的に見続けてしまう人は、これから辿る人生への道標を立てていない。そう思うのは少なくとも私がそうだからだ。悲観的になる元となった経験や体験を掘り起こしては、その慰めとして無為に時間を過ごしたり、自己投資をしなくてもよい理由をあてもなく探している。誰しも成長・前進しなくてよい理由など無いことは、本当は気がついているのに、慰めの持つ贅沢さや甘美さに甘んじ、こうした生活を続けている。

 私は一人だと怠惰な人間だ。例え何かに挑んでも、出来ないとすぐに機嫌を悪くするか、その課題を投げ出す。しかし人前では、体の悪さもあり、そこそこ付き合って、取り組んでしまう。しかし元は怠惰な人間なので、結果や勝負する場所では、研鑽を積んでいる人間には敵わない。

 いよいよ成果でものを比べるという段になると、積んできたものとの間に差が、失敗が、悲観の元が生まれるのだ。それらは、「私は怠惰な人間だ」という呪いとなって、私を襲うのだ。そして私は拗ね、怒り、悲しむなどして負の感情は流し、落ち着くと慰めのもっともらしい理由となるように過去の経験を切り取り、また似たような道や失敗を辿るのだ。このサイクルの中では充足感や自己満足といった感情を得られないまま、悪化の一途を辿るのだ。

 程度の差はあれど、ここ数ヶ月の生活サイクルは以上の通りである。しかし私は考えてしまった。一生こうして私は過ごすのだろうか。他の人はなぜ楽しそうに過ごしているのか。私の人生観は間違っているのでは無いだろうか。もっとうまい生活の仕方はあるのでは無いのだろうか。とにかく今の過ごし方に疑念が生じてしまった。

 私はより良い人生の捉え方を探したい気持ちになった。少なくとも心の向いている方向を過去から将来にしたい。そのために私は備忘録を残すことにした。私が何を考え、どう行動を起こしたかを記録に残すことで、私の考え、行動に偏りがないかの確認をしたい。16種のパーソナリティ診断にて感情の吐露が下手と診断を下されたのも一因である。

 今回はこれまでの生活の捉え方をまとめた。文字化することで、自分がかなり悲観的であることや、そう捉えてしまう手順がわかった。まずはこのサイクルから抜け出すことで、より良い生活を送るきっかけとしたい。